金澤美粋 町家たまる庵リノベーション

金沢ならでは町家文化と共に、旬の食を提供し、食文化を伝える「たまる庵」。金沢駅にほど近い本町二丁目の旧町名である「田丸町」が名の由来です。 一階には、坪庭を備えるカウンター席をはじめ、茶室風の小間座敷、漆喰壁の洋小間。二階には、朱塗りの壁が施された二間続きの座敷と行灯格子の板の間を備えています。 金沢の町家や金沢の文化を深く継承しながらも、外断熱・二重通気工法の理論を活かし、窓や壁を気密断熱化し、さらには耐震補強も施してあります。また、ソーラー発電、ソーラー給湯といった最新のテクノロジーを採用し、上質な空間と現代生活に通用する快適性をも追求しました。

朱壁(しゅかべ)

群青壁とならぶ金沢独自の伝統の壁色。 芸妓の立ち居振舞いを艶やかに魅するとして、金沢の茶屋街の壁や老舗料亭・旅館で盛んに用いられてきた。 たまる庵の二階座敷の塗り壁は、すべて聚楽土(じゅらくど)。保湿性・吸湿性に優れ、匂いをも吸着するこの壁を、歴史的建築物の修復も行う金沢の左官職人の技で仕上げた。 一見派手に映る朱壁もひとたび腰を下ろせば、琵琶床(びわどこ)に掛け障子の風合いが醸し出す穏やかな趣き。改めて金沢の伝統の美を感じずにはいられない。

行灯(あんどん)格子の間

行灯のように、廊下を暖かな光で照らす洋の板の間の壁。格子の枠に張られた、丈夫な先進素材による障子紙がもたらすのは、単に照明の機能だけではない。室内からは外を感じさせず、漏れる陰影がその気配だけを室外に伝える。宴の様子を襖戸越しから察し、絶妙な間合いで給仕する。まさに金沢のもてなしの神髄。
客人への配慮までもカタチにしたこの斬新な行灯格子。襖でもなく、壁や障子でもない。テクノロジーによって生まれた、新しい間仕切りと言えよう。

通り庭に銀箔の壁

たまる庵には、町家ならではの昔から通り庭がある。玄関先から繋がる床には戸室石を敷き詰め、漆喰の白壁に漆塗りの腰板、いずれも金沢ゆかりの建材。中でも一際目を引くのが、黒箔の壁。この鈍色の光を放つパネル壁は、銀箔を燻すなどの方法で酸化させたもの。金沢が銀箔の全国シェア100% であることを知る人は意外と少ない。石、木と土、そして金属。まさに自然の素材が織り成す空間。昔ながらのダイヤモンドガラスがはめられた玄関戸を開ければ、いつでも客人を出迎えてくれる。

隠し格子

たまる庵カウンター席の天井は、料亭町家から流用した日本伝統の棹縁(さおぶち)天井。
その脇に設けられた間接照明が町家の持つ空気感をも照らしだす。漆塗りで仕上げた天井には、常に快適な室温を保ち、新鮮な空気を室内にもたらす最新の空調システムがある。空調と照明器具。どちらも存在感を主張することなくひとつにまとまって、天井裏へと隠される。柔らかな陰翳をつくりだす小さな隠し格子だけが、テクノロジーの存在を物語る。

路地(ろじ)・土縁(つちえん)

露地でもあり露地でもない。土縁でもあり土縁でもない。通り庭でもあり通り庭でもない。昔の店の間を改修した茶室風の小間座敷へとつづくアプローチはまた、内でも外でもない曖昧な空間領域である。直射日光や雨雪を遮り、爽やかな風光を屋内に呼び込む。北陸の気候風土が産んだ知恵。当時の格子窓をさりげなく二重にすることで気密断熱性を高め、冬暖かく、夏涼しい町家として今に蘇る。石畳から三和土(たたき)へと繋がる空間を前に、備えられた手水鉢(ちょうずばち)で身を清め、沓脱石(くつぬぎいし)に足をかければ、今宵の宴にいやがうえにも心が躍る。

坪庭

畳敷きのカウンター席に金沢の四季の移ろいを伝える、坪庭。一坪とは畳二畳の広さ。まさに二畳程のこの空間にしつらえた樹木や石、流水が、観る者に癒しと潤いをもたらす。坪庭は本来、採光と風通しを確保するために、先人が編み出した知恵であった。
石川県小松産の本畳に腰を据えれば、漆塗りのカウンターまでも、樹木の美しさを映し出す。
稠密な都市空間に暮らす我々に、生活に密着(ちゅうみつ)したこの小さな自然は、風情とはなにかを語りかけてくる。

透かし彫り

工芸品をはじめ、腰付障子や欄間(らんま)などに装飾として用いられた絵柄を切り抜く技法、透かし彫り。住宅の洋風化が進む現在、その緻密な技を家に見ることは少ない。外部土台や手摺の幕板に施された絵柄は、金澤美粋プロジェクトのシンボルマークである。加賀水引で編まれた梅の柄、加賀百万石の文化の礎を築いた藩主前田家の家紋、剣菱梅鉢がモデルになっているのは言うまでもない。この繊細な模様を、レーザー加工技術で再現。消えゆく匠の技を後世につなげるという思いを馳せつつ。

二俣和紙

金沢市の希少伝統産業の一つ、加賀二俣和紙。歴史は古く、起源は千三百年前。平安時代には「延喜式」に紙を納めるべき国としてその名が挙げられ、藩政時代には献上紙漉場として加賀藩の庇護をうけるなど、その質の高さはまさに折り紙付き。たまる庵の二階、本来押し入れがあった場所に、築百年の料亭町家などの別物件から流用した材料で違棚や天袋、板床をしつらえる。床脇が対照的な新旧の床の間。床壁に貼られた二俣和紙が、二つの部屋のコントラストをより際立たせる。

室(むろ)

外断熱の基礎を施工する際に、砂の中に眠っていた「室」を偶然に発見する。
町家に室はあっても、これほど大きいものは珍しいという。電気冷蔵庫が家庭に存在しなかった大正時代、外気の影響をうけにくいこの地下に、温熱環境を利用して食糧を貯蔵した先人達の知恵。自然の摂理を利用する、ソーラーサーキット理論の源がここにある。約百年前の打放し仕上げであったことを物語る、コンクリートの地下の。金沢の町家建築を知る上で、貴重な歴史的資料を後世に遺す。百年後の金澤のために。

階段

町家を蘇らせる際、必ず課題となるものに階段がある。建築基準法が定められていない当時の階段は、ほとんどが急勾配。決して安全 とは言い難いこの町家の階段に、金沢クラフトロジーハウスが出した結論。それは、古い階段の段板に新材料ブビンガを継ぎ足し、踏面をひろげること。現行法規の踏面と蹴上げの寸法を満たした、ツートーンの洗練された段板。さらに、町家ならではの箱階段をも設けた姿は、新旧の意匠が融合した、まさに「伝統と革新の美粋」な佇まいを漂わせる。

格子

光や風、通りの賑わいを伝えながらも、外からは内を覗きにくいという、なんとも懐の深い、おおらかな境界。それが町家の格子。カウンター席の境に設けられた格子は、客人の私事を妨げぬよう、その間隔にこだわって設けられた。通りに面する古い格子には、その内側に新しく格子をもう一枚付加することによって二重サッシ化をはかる。外断熱と相まって、町家全体に快適な環境をもたらす。新旧いずれの格子にも、伝統的な造りを妨げない、金沢クラフトロジーの技術が込められている。格子から漏れる宴の光が、今宵もまた通りの人を誘う。

たまる庵

金沢ならでは町家文化と共に、旬の食を提供し、食文化を伝える「たまる庵」。 金沢駅にほど近い本町二丁目の旧町名である「田丸町」が名の由来。一階には、坪庭を備えるカウンター席をはじめ、茶室風の小間座敷、漆喰壁の洋小間、二階には、朱塗りの壁が施された二間続きの座敷と行灯格子の板の間を備える。金沢の町家や金沢の文化を深く継承しながらも、外断熱・二重通気工法の理論を活かし、窓や壁を気密断熱化し、さらには耐震補強も施した。また、ソーラー発電、ソーラー給湯といった最新のテクノロジーを採用し、上質な空間と現代生活に通用する快適性をも追求した。

金澤町家 美粋たまる庵リノベーション立ち上げの背景

金沢には歴史・工芸・芸能・食文化などのさまざまな価値が潜んでいます。とりわけ金沢に現存する町家は住時の職人の手仕事によってつくられ、そこに住まう人びとの暮らしと文化と相まって、“町家美"ともいうべき魅力を放っています。その町家が、いま年間数百軒のペースで解体されています。「金澤町家 美粋たまる庵リノベーション」は、そうした背景を受けて立ち上がった事業です。
金澤町家 美粋たまる庵リノベーションご案内資料

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